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名盤リワインド㉒ フランス&スペイン・ハープ作品集/ニカノール・サバレタ

 

 

 

 

 記憶は嘘をつく。だが、記録に基づくと真実が見えてくる。ハープ界では今、フランス近代が人気で、この頃の楽曲は流麗で耳心地がよいものが多く、フランスがとりわけ音楽学校や当時のハーピストたちが、ハープのための作編曲を強力に押し進めたことが大きい。オーケストラの後ろの方で控えていた楽器を、ソロ楽器・リード楽器としてフィーチャーしたことが、現在のハープの位置付けに繋がっている。アッセルマンやラスキーヌらが、功績の筆頭によく上がるが、果たして彼らだけだろうか。「誰か一人忘れてはいませんか」と云いたくなるのが、サバレタの存在である。

 

 身も蓋もないことをいえば、ラスキーヌはフランス人であり、フランス人の作曲を取り上げ、フランスを中心に活動したから、フランス近代の立役者と目されるが、むしろニカノール・サバレタこそ、ハープの可能性を追求し、ハープの独奏楽器としての地位を築いたと言えないか。ソロコンサートの数、作曲者から献呈された曲の多さ、楽曲のレパートリーの多さなどから、当時では恐らく彼の右に出る者はいなかった。しかし彼は、スペイン人であった。今のようにグローバルな時代ではなく、スペインの音楽とフランスの音楽は水と油のような関係であり、まして自国の曲を他国の奏者のほうが上手く弾くとなれば、自国への認知バイアスがかかり、評価も藪にらみにならざるを得ない状態であったことは類推できる。本作は、それを証明するようなドキュメントだ。

 

 サバレタは、二つの祖国を持っていたといえる。生まれはスペインだが、音楽的な学びや礎はフランスで培われた。彼にとって、ハープへの献身から、その楽器としての可能性を拡げるべく、海外でも多く演奏し、レパートリーを増やす努力を進めた。音楽性を追求するというより、ハープの持つ魔性を多く引き出したといえるだろう。本作には、そのまさに生々しい記録がある。フランスとスペイン、二つの祖国、それぞれの代表的楽曲を収めているのだ。どちらの国の曲を熱く演奏しているかなどの下世話な視点を挟む余地なく、演奏者として実に達観した、潔い音楽観を反映した熟達の演奏を披露している。ラスキーヌは、ランパルのフルートと共に見事なマリアージュをハープに見出し、新たなアプローチでフランスをハープ王国へ押し上げたが、サバレタは専らソロが多く、ラスキーヌが絵画的な魅力だとしたら、サバレタは彫刻的な魅力をハープへ注いだという感覚だ。いかんせん記録は塗り替えられてゆくため、記憶ほど心には留まらない。記憶はたぶんにノスタルジックな感覚を引き摺るから。皮肉な話だが、まさにサバレタがやってきた偉業は、今ではフランス人のメストレがその伝統を引き継いでいる。しかもメストレは、スペイン楽曲への思慕を年々強めている。見事な輪廻である。サバレタにとっては、ほんの一部の記録であるが、世界にとっては偉大な記録であり、選曲かつ演奏内容も優れたこの盤は間違いなく銘盤だ。タワーレコード限定編集盤ではあるが、このドキュメントの前にはさすがに記憶も嘘は付けないのである。

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