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名盤リワインド㉑ トランセンデンタル・パフォーマンス / アルベルト・サルヴィ

 

 

 「昔が良かったはずはない」。そんな立場を採っている。評価軸を現代に置けば、それは当然のことだ。たとえば、いまアメリカのメジャーリーグ野球では、世界のホームラン王であったベーブ・ルースと大谷翔平はどちらが偉大かという議論が交わされているが、使っている道具の性能も違えば、人々の体力差も当時と今では雲泥の差だ。二人の共通項がピッチャーとバッターを兼務するという異次元の天才であることは周知だが、現代は投球速度や打球速度は計器で常に記録されており、ルースの時代にはそんなスピードを計る機械などなかったから、専ら識者や生存する人々の記憶に頼るしかない。さらに記憶は厄介で、実態より美化されているから始末が悪い。そんな記録と記憶の誤差をある程度埋めてくれるのが、エヴィデンスである。音楽の世界でいうならば、CDやレコードなどの音源や演奏映像などがそれに当たる。

 

 本作は、アルベルト・サルヴィとグザヴィエ・ドゥ・メストレはどちらが偉大かと、比較したくなる一枚だ。つまり、どちらがハープの名手かというアングルである。サルヴィというと、例のハープ・メーカーの名前を想起する。それは正しい反応だ。なぜなら、世界一のハープ・メーカーのサルヴィ創業者ヴィクトール・サルヴィは、アルベルトの弟にあたるからだ。実は、ヴィクトールもハーピストであったのだが、後にハープ作りの方に興味が出て職人へ転じた・・・というが正伝である。そこで、少し探りを入れてみたい。確かに、素晴らしい演奏をするより、素晴らしい楽器を作る方がいいと思ったヴィクトールがいたのだが、もともと兄弟の父は楽器修理職人だったわけだから、ヴィクトールが最初から職人の道へ進むことは、けっして不自然ではなかったはずだ。しかし、彼は憧れの兄の後を追って奏者として身を立てる道を選んだ。ちなみに、ヴィクトールも将来を嘱望されたホープだった。でも、結局は職人になって世界のハープ・メーカーへ昇りつめた。自分はそこに、兄を超えられない弟の葛藤があったとみている。本作は、シカゴを中心に活躍し超絶と謳われたアルベルトの録音だ。ここには、弟が「これはいくら練習しても、兄貴を超えることはできないな」と、さぞや心が折れたであろう名演が残されている。フォスターの「故郷の人々」のような当時の大衆的人気曲も選ばれている。当然、時代の流行や人気筋もあったわけで、一概に現代のハープ名曲と比べることはできないが、ショパンの「幻想即興曲」やパトリッシュ=アルバースの「ファンタジー」など、今も時折演奏される2曲から腕前を推測すると、当時の録音状態など差し引いても、かなり巧い演奏として通っていたことは容易に想像できた。メストレの演奏と比べれば、たぶん自分は鼻の差でメストレに軍配を上げると思うけれども、時代が刻印した名演は風雪に耐えた重みと風格がある。きっとこんな演奏をずっと傍で聴いて育った弟は、さぞかし兄に畏敬し、挫折もしただろう。毎日、最後通牒を突き付けられるような日々で、存外あっさり職人に転身できたであろうと想像する。何せ偉大な目標がいつも傍にいる実の兄であり、演奏者としてはすんなりと負けを認めざるを得ないし、それでも愛するハープに関わることにこだわったからこそ、ヴィクトールは作り手に鞍替えできたのではないか。妄想かもしれないが、「自分が作ったハープで、兄貴に最高の演奏を残してもらいたい」という想いも、後のメーカーとしての大躍進のモチベーションになったかもしれない。結果論からいえば、サルヴィ一家は、兄がハープの名演も残し、弟がハープメーカーとしての地位も手中にした。本作は、伝説を藪睨みする自分のような輩でも、「昔も良かったのかもしれない」と思わせる説得力に満ちたエヴィデンスなのである。

 

 

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