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名盤リワインド④ モルダウ~ヨセフ・モルナールの芸術~

 

 

 小泉八雲が「怪談」によって日本の文化を世界へ放ったとき、何も日本の特異性を訴求したのではない。異形の世界を、ごくありふれた生活の中に取り込み、もののけを単に畏れるのではなく、日常におこる事象の戒めとして同化させてゆく、いわば日本人の様式美を裏テーマに据え、ラフカディオ・ハーンである自分と小泉八雲となった自分の間には何ら変わりがないと思えるほど、全てを受容する日本の包容力を著したのではないか。等しく、ヨセフ・モルナールは、期せずして第二の故郷となった日本に、最初はハープの神髄を伝える立場として降臨したが、天意を得て滞在する年月を経て「日本人」になってゆく過程で、そのままヨーロッパの在住であったなら、到底及びもつかなかった別の成果を手にした自分がいることを悟った。琴に慣れた日本人に、竪琴=ハープの美を伝えるのは、アラスカにクーラーを売りに行くくらい難儀であっただろう。実際、良い音楽が普遍であること、日本の美意識が世界レベルであることを、ハープをもって証明するには、身をもって日本を耽美する必要があった。

 

 本作には、表看板としてトゥルネチェック編の「モルダウ」「シューベルト・ファンタジー」といった日本の琴線に触れるような作品や、発売当時は一般の日本人にはその名がまだ浸透しているとは言い難かったアッセルマン、グリンカ、サルツェードらの佳曲などを通じて、ハープの絶対的な美を強調してはいるが、真価は最後の2曲にある。自らの手になる「エレジー」「さくら変奏曲」だ。ここでモルナールは、日本に同化した。彼にしか出せないハープの美を打ち立てた。立琴を使おうが、代表的な日本古謡を自分流に編曲しようが、自分の思う日本の美とはこういうものだと、ごく自然体で弾いてみせた。つまり、ここには境地があるのだ。ハープの伝道師モルナールではなく、日本で再活性化した音楽家モルナールのマイルストーンであり、八雲に「怪談」あれば、モルナールには本作「モルダウ」があるのである。

 

 

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